無料婚活サイトで知り合った本気の恋

私は今は結婚しており、昨年子どもも生まれて平凡かつ幸せな生活を送っていますが、時々懐かしく思い返す思い出があります。
それは、24歳くらいの時に無料婚活サイトで知り合った彼と、本気の恋愛に落ちたことです。

私は当時幼稚園教諭として働いていました。幼稚園は女の職場なので全く出会いもありませんでした。

職場には、婚期を逃した独り身の先輩がたくさんいて、自分はそうなりたくないと焦る気持ちから、無料婚活サイトに手を出してしまいました。

自分のページに趣味やらプロフィールを書き込み、それを見た人が連絡をくれるというものだったのですが、私のページを見てメッセージをくれた人がいました。

私は野球観戦が趣味だったのですが、ちょうど彼も野球を観るのが趣味だったようです。

何度かメッセージをやりとりするうちに、すっかり意気投合して、電話番号を伝えあって電話でやり取りするようになりました。
私は東京に住んでいるのですが、彼は大阪に住んでいる人でした。

生まれも育ちも大阪の人で、バリバリの関西人のノリが、私にとってはとても新鮮でした。

彼にとっても、東京の女の子に知り合いはいなかったらしく、私の標準語が新鮮だと言っいました。

気は合ったのだけれど、住んでいる場所が遠いので実際に会うことはできないで、メールや電話のやり取りだけで一ヶ月くらい経ったところで、彼が東京に遊びに来ると言い出しました。

ようやく彼に会えると思うと、ドキドキと緊張しながらも会える日が楽しみでなりませんでした。

長距離バスに乗って彼が東京にやってきてくれて、実際に会ってみると、思ってたより背が低いな…と、想像と違ったところももちろんありましたが、話すといつも電話で話していた調子ですぐに盛り上がりました。

彼は東京に来るのは修学旅行以来だというので、東京タワーやらディズニーランドやら、いろいろと東京を案内しました。

その最中に彼に告白をしてもらい、つきあうことになり、彼が東京にいる間は私も彼と同じホテルに泊まってずっと彼と一緒に過ごしました。

彼が大阪に帰ってしまうと、寂しくてたまりませんでした。

次は私が大阪へ行き、また彼が東京にきてくれたりと行き来しましたが、お金もかかるし、お互い仕事があって暇もそんなにない中で、遠距離恋愛は若い私には辛いものでした。

そばにいればすぐに解決するような些細なケンカも、会えないからこじれてしまうこともよくありました。

そんな関係が半年くらい続いたのですが、最終的に彼に好きな女の人ができたようで、私が振られてしまう形で終わってしまいました。

全体的に苦しいことが多かった恋ですが、わくわくしながら新幹線に乗って会いに行ったこと、二人で大阪の新世界で飲みながら串かつを食べたこと、一緒に甲子園で阪神戦を観たこと…。どれも今となってはキラキラとしたいい思い出です。

純粋な私の恋心を簡単に傷つけないで

私は高校が女子校でした。それも進学校の女子校だったので、男子には無縁の3年間でした。

 そして大学はちょっとお洒落な共学の私立大学に入学しました。入学式の日、キャンパスにいるお洒落な学生達を見て
圧倒されたのを覚えています。

 それまで勉強勉強の毎日だったのに、サークル、新歓コンパ、ゼミ、バイト、「もう華の大学生活だ~」と軽く浮き足
だっていたのでした。

 そんな中、中学が同じだった女友達にテニスサークルの新歓コンパに誘われました。テニスなんて絶対に出来ないのに、
「サークルと言えばテニスサークル」というイメージしかないぐらいテニスサークルは定番というイメージを持っていたので、
ドキドキしながらも参加してみました。

 先輩方はみんな良い方ばかりでしたし、同じように参加している新入生みんなも緊張している感じはありましたが、
それでも「自分が一番浮いているような気がする…」と身が縮まるような思いでその場に座っていました。

 そして中盤にさしかかり、みんなもお酒が回ってきて盛り上がり始めた時に、ずっと隣りに座っていた4回生の先輩(男子)
が話しかけてくれたのです。

 そこからはその先輩と最後までたわいもない話しをし、最後に連絡先を聞かれました。

 人生初の経験だったのでその日はほとんど眠れませんでした。

 それからは毎日毎日その先輩からの連絡を待ち続けていました。あまりにも待ち構え過ぎて胸が苦しかったです。

 そして1週間した頃に連絡が来ました。「今度夜ご飯でも食べに行かない?」と。もう「口から心臓が出そうとはこういう状態を
言うんだな」と思いました。

 そして約束の日、大学の正門で待ち合わせをして街中にご飯を食べに行きました。そのお店は私が今までに行った事が無いような、
親とかが絶対に連れて来てはくれないであろうお洒落なお店でした。

 お酒を飲むお店で、食べ物を1品1品注文していく感じだったので、居酒屋みたいな感じなのかもしれませんが、そんな大衆的な
感じではなく、隠れ家的なお洒落な雰囲気で、いかにも大人のデート向きといったお店でした。

 それだけで私は頭まで舞い上がっていたと思います。そして別れ際に「又誘っていい?」「彼女になって欲しいな」とまで
言われたので、「ついに私にも春が来たのね」と思い込みました。でも誰だってそう思うと思います。

 でも、それから1週間、2週間経ってもいっこうに連絡は来ませんでした。
 又、胸の苦しさから訳も無く頻繁に涙が出たりもしました。

 そして思い切って自分から連絡してみたのです。「今度映画にでも行きませんか?」と。

 そうしたら「前に告白して振られたバイト先の女の子からやっぱり付き合いたいって言われて。ごめんね」と言われたのです。
「あっ、そうですか」と電話を切りましたが、純粋だった私は傷が癒えるのに1年もかかりました。

これって恋愛、恋心と言うのでしょうか?

これは恋愛と言うのでしょうか?世の中には気になる人っていませんか?それは同性でも異性でも同じで、この世に溢れかえるほど
たくさんいる人間の中でどうして目が行ってしまう人、気になってしまう人っていませんか?

私はいます。

それが同性なら、「雰囲気やファッションが自分の目指す路線に合っている人で憧れの対象」とかなのだと思います。

でも、それが異性なら、恋愛対象として気になっているのかどうなのか、自分でもちょっと分からないのです。

独身の頃なら、異性で目が行く、気になる、となるとおそらく恋愛対象としてなのだと思います。

 でも、今私は結婚もして子供もいます。日々の家事育児に追われていて髪形も服装も何にも構っていません。専業主婦なので、
出かけると言えばスーパーの買い物か子供の学校の用事ぐらいです。人の視線を気にする事もめっぽう無くなってしまいました。

 そんな私なのですが、子供のスイミングの付き添いで行くスイミング教室のコーチの中に、頻繁に行くスーパーの鮮魚コーナーの
店員さんの中に、ついつい目が行ってしまう人、気になってドキドキしてしまう人がいるのです。

 スイミング教室のコーチは、自分の子供の担当コーチではないので、直接話した事はありません。ですが、そのコーチが時々
親が子供の泳いでいる姿を見ている観客席の方に視線を向けると「ドキッ」とするのです。言葉の通り「ドキッ」という音が
自分の心臓から聞こえてくる感じです。

 他の知らないママさん達が隣りの席でそのコーチの話題をしていたら、耳がダンボになるぐらい聞き耳を立てていたりもします。

 又、これは1回だけなのですが、偶然道端で出会った事があり、むこうは私に面識が無いのでそのまま行ってしまいましたが、私は
不意を突かれた感じでかなり動揺しました。

 スーパーの鮮魚コーナーの店員さんも、何故か気になるのです。大売出しの日は前に出て来て大声で売り出ししているのですが、
その姿を見るとドキドキします。その店員さんに「3枚下ろしにして下さい」と頼んだりするのですが、大袈裟に言えば、告白するように
ドキドキしてしまいます。他のおばさんに難しい注文とかをされている姿を見たら、「おばさん何を言ってるんですか?」とムッとしたりも
しています。

 先日、「鮮魚コーナーをリニューアルしました」と鮮魚コーナーの店員さんが写った大きなチラシが入り、何が安いかをチェックするのが
日課なスーパーのチラシが別物のように私に凝視されたのでした。

 これって恋愛、恋心と言うのでしょうか?

はじめ顔を見てから、空白期間があり、結婚に至ったのです。

私が結婚に至るまでの主人となったのも、空白の期間があります。

最初5年前に顔はみていたのですが、全然お付き合いなどしない時間を経て、付き合う事になっとということなのです。

それといいますのは、兄と彼は同期生だったことから、私が兄に差し入れをしにいっていた事から彼を見たことがあったのです。
その頃に見た彼が、主人となるとは夢にも思っていなかったのです。

彼は当時まだ18才で、高校卒業後は、会社の試験にとおったので会社に入れたわけです。
私も真っ黒な顔をした女子高生でした。

兄は、就職するのに困っていて、やっと自分が見つけた会社となりました。
兄と主人は、としの違いはありましたが、仲がよくてお友達関係となっていました。

私は、1年くらい兄に食べ物を差し入れる期間がありましたが、転勤がある会社なので、兄と彼は転勤先も離れてしまいました。

ですから彼と私も2人だけで会うということもなく、時は過ぎていったのです。

ところが、そのころから5年程たったある日、彼は私の住む家の近くに転勤となりました。

彼女もいなかったのか、彼は私の家に再々遊びにくるようになりました。

私も、彼に対して、少し恋心をもっていたので誘われて映画にいったりしていました。

洋裁を習っていた私は、習っていたものの器用な方ではなかったのです。

その彼に、洋裁の本を見て、スーツの手が込んだポケットを作るのを仕上げてもらいました。
私はこのように手伝ってくれる彼にひかれました。

彼は私のためのと言いますか、自分をアピールするためにポケットを縫うのを手伝ったと思います。
とにかくその頃の彼は、特別優しかったのです。

私も今までお付き合いをした人もありますが、ポケットを手伝ってくれる彼のような人が結婚相手にふさわしいのかなあと感じ始めたのです。

家にもよく遊びに来て、両親とも話す仲でした。
でも結婚するといった決定的なものはなかったのです。
2年くらい、その様なお付き合いがありました。

彼は転勤族で、また転勤となりました。

その転勤がきっかけで、プロポーズを私にしました。
一人での転勤が嫌といいますか、二人の生活を求めていたのでした。

彼は恥ずかしがりやのところがあって、そのプロポーズの言葉をいうきっかけをまっていたみたいです。
踏み切りが遮断されたところだから、彼は決断の言葉がだせたのです。

結婚生活になった時に、私に気をつけなさいと2つの事を言ったのが印象的でした。
「火の始末」と「鍵のかけ忘れ」を注意しました。

主人と私は人生の大きな経験である、「結婚」をしました。
まさか以前兄に差し入れにいった時に見た彼が、その後の結婚相手になるとは、私は思ってもいなかったのです。

大恋愛-人間らしく生きていける、彼と知り合えたのです。

私にも、また大恋愛ができたのです。

私は離婚後、もう男性とのお付き合いなど考えていなかったのです。

好きで結婚しようと言われたにも関わらず、自分の本当にわがままな所を私に見せ始めた元主人でした。
男性も結婚前と、結婚後ではあまり変わらない人と、「釣った魚には、エサはやらないという」感じの人もいます。

私が経験しましたのは、元主人が私に「言葉の虐待」を結婚当初からし始めたということです。
あんなに優しかった彼が、結婚することにおいて、変わってしまったのです。

子どもが、すぐ出来る事となりましたから、離婚などでお父さんなしにすることは考えられませんでした。
それと言いますのは、私は優しい両親のもとで育ちましたから、子どもに片親の生活をさせる事が嫌でした。

数年間つれそいましたが、やはりその様な言葉の虐待などの生活は続くはずがありません。

もう男性などいなくても、娘が2人いれば人生それでいいと自分に言い聞かせました。

離婚したため、お金の面では、勿論毎月入ってきていた給料がなくなり、貧乏暮らしとなりました。

そんな精神的にも、か弱くなっている女にも、神様がいたのか友達を通じて男性と知り合う事ができたのです。

その方は、人付き合いが苦手な私にも、人との対応のしかたや、また楽しみをつくる生き方などさまざまなものを教えてくれました。

ただ私はその「彼の横にいるだけで幸せ」と感じました。

彼はお仕事にも頑張りやさんで、学生のころからリーダーっぽい人だったのです。
お仕事先でも、仕事より悩み相談を受ける位の人柄でした。

相性が私とはとてもよく、こんなに相性がよい間柄の夫婦もあるんだなあと思いました。
毎日が楽しい充実ある時が過ぎての同棲生活となりました。

こんな良い生活はまわりの人も応援してくれるものとなっていました。

でもこんな生活は長くは続かなかったのです。
5年と少しの生活にピリオドを打ったのです。

朝お仕事に出かけた彼は、その日家にたどり着くてまもなくなくなっていたのです。
私はその場にいなかった事を後悔しました。

もう生きる意欲なども私にはなく、家にいる時は、ただ柿の種というおかしを食べて時を過ごしていたと思います。
みかんが好きな私など、もう食べる気にもならなかったのです。

彼がいなくなった事で、「がらり」と変わった生活となり、私の身体を壊すばかりなのでした。
太ももなど痩せてしまい、体重など6キロ近く少なくなってしましました。
立ち直れる日など、私にはないと思い込んでいました。

7年経った頃、身体が弱くても働けるお仕事先を見つけました。
もう私には覇気などないけれど、元気あるような生活をし始めました。

勿論男性の事など、考える余裕もなく毎日を短時間のお仕事と家との繰り返しの生活です。

仕事を見つける事は、「じぶんが毎日しないといけない事がある」と意識でき始めたのです。

お仕事にも慣れた頃、職場で久しぶりに男性と人間らしい会話ができました。
もちろん私には、まだまだ精神的な病気がある様子で、立ち直れてなどはいませんでした。
でも、その男性の悩みを真剣に聞いてあげることなどもしたり、私の今までの彼を失った悩みも聞いてもらうことなど出来始めました。
 
私は彼と知り合う事で、「人としての幸せ」を感じれるようになりました。

今後二人とも歳はとりますし、お互いの幸せのためにも、籍を入れれる様なタイミングになる事を望んでいます。

二人が幸せになるには、やはり健康とお金があった方が、幸せな結婚生活が営めるような気がするのです。

W浮気から始まった恋から結婚まで

私と主人の出会いはよくある職場恋愛から始まりました。高校を卒業後大学に進学。地元を離れ一人暮らしを始めることになりました。

そこで働き始めたのが居酒屋でした。少し厳しい家庭で育ち高校時代は友達の家にお泊りも許されず、門限は10時でした。

その反動もあってか、朝までやっている居酒屋で働き始めました。たくさんのスタッフも多く毎日が楽しく、アルバイトがない日もみんなで遊ぶそんな日々が1年以上続きました。そんなある時、他店より移動してきたの社員さんが現在の主人でした。歳は10歳違い、私はお兄ちゃんのように慕いまた彼も妹のように可愛がってくれていました。

当時、彼には1年以上交際している恋人が居て、このまま付き合えば結婚になるんだろうな~と言ってはいました。私にも付き合い始めて半年の彼氏がいて、彼とは“仲が良い”だけで特別な感情をもっているつもりはありませんでした。

しばらくして仕事のストレスからか彼が疲れている様子が見えたので、話しかける回数を増やしたりふざけたメールを送ってみたり励まそうとしていました。

そんなある時、彼からご飯のお誘いがあり出かけました。すると最近の仕事のこと、彼女のことで悩んでいたときに私が声を掛けてくれたことで想いが募ってきたんだ、と話してくれました。

その頃彼氏の浮気の疑いもあり、自暴自棄いなっていた私は彼と付き合うことにしました。どうせ彼の気持ちは一時的なものだろうと軽く考えてたこともあり、しばらくはW浮気のまま2ヶ月ほど経ち私は付き合っていた彼氏には別れをつげ彼の元へ。

しかし彼は“大変な時期を支えてくれたのは彼女だからタイミングを見て別れを告げたい”と別れることなく、半年経過しました。

この時に浮気したことは、今でも反省はしています。こんなに苦しくて嫉妬してわがままを言ってしまう自分が大嫌いでしたから…。

彼は彼女と別れ正式交際スタートを始め、1年後には親には秘密にして同棲を開始さらに1年後には妊娠が発覚。

私の親は大激怒でした。1人っ子で箱入り娘として育てられてきた娘が勝手に同棲し妊娠して、さらには大学を中退し結婚するといい始めたのですから。

3ヶ月の説得の甲斐もあり無事親からも認めてもらえて、無事結婚し出産しました。現在では2児のママにもなり主人と子供と毎日楽しい家庭を築いています。

両親も孫にはメロメロで主人の人柄を知ってくれた今は「君のところへ娘を嫁がせて良かった」と絶賛です(笑)

モテ期という偶然は本当にあるのかもしれない

生まれてから二十数年彼女ができずに、このまま人生を終えるのかと思っていた矢先に仲良くしていた女の子に告白され、付き合うことに。

好きかと言われたら、特に意識しているわけではなかったが自分には勿体無いくらいの子であったのでもちろん告白を受け入れた。

人生初の彼女ということで相当浮かれ、デートの時は下見をしてみたり、彼女の喜ぶデートプランといったようなサイトを読みふけっていた。

その時の浮かれようは見るに堪えないものだったらしく、友人から少し距離を置かれるほど。

それでも、そんなこと気にならないくらいに浮かれていたし、また楽しくもあった。

しかし、そういう時に限って、いやそういう時だからこそかもしれない、他の誘惑が登場してくるわけである。
唐突にこんな自分に合コンの話が舞い降りたのだ。
話が舞い込んできたときは少し小躍りした。

合コン!

その単語は何度も聞いたことはあるが、現実に存在しているのか懐疑的になっていたくらいのものである。
一方、それを私を盛大に悩ませた。

なにしろ、自分には彼女ができたのだ!
はたして、合コンに行く必要などあるのか。

かれこれ数日悩んだが、返事が遅くなるのもまずいと考え、友人に連絡。
結論からいうと友人に上手く丸め込まれ参加することになっていた。

社会経験、人数合わせだから仕方ない。
そんなフレーズが頭の中でひたすら回っていた。
合コン自体は大成功であった。

しかも、連絡先も交換し、仲も良くなった。

ある日、またもや唐突であるのだが前のバイト先の女の子から連絡があった。
曰くご飯を食べに行こうと。

以前仲良くしていた子であり、成人したとのことでお酒を飲みに行くことにした。

今思ってもこれは軽率であった。
久しぶりの再会でテンションが上がったのか、酔いも助けたのか、朝起きたら裸でベッドの中にいた。
弁明しておくが、もちろん経験などない。

しかし、状況から言ってほぼ黒であった。
その後気まずくなった私たちは早々に解散した。

私はひどく自己嫌悪に陥ったが、これを彼女に知られてはさらに悲しませるだろう。
これは墓まで持っていくことを決めた。

それから数日後、彼女から、話がある、との連絡が。
なぜか畏まっているので疑問に思いながら喫茶店へ。
内容は別れてくれと。

私にとっては青天の霹靂にほかなく、理由を聞いた。
彼女は前の日、高校の同窓会に参加したと。

なんとそこで衝撃的な事実を耳にしたと私に教えてくれた。
言うまでもない。
合コンと、酔っ払った、あの話である。

正直、そんな馬鹿なと思ったが合コンの幹事と前のバイト先の女の子と同窓であったのだ。
あっさりと墓まで持っていく秘密は暴かれたのである。

私は何も言えずに彼女の申し出を受け入れた。
この間2週間ほどである。
以来彼女は出来ていない。

親に反対されながらもなんとか結婚できました

もうすぐ結婚して一年が経ちます。今は幸せな生活を送っていますが、結婚するまでにはいろんなことがありました。

彼と出会ったのは6年前。当時mixiが流行っていて、私はそこで出会いも探していました。

あるとき私の友人がmixiを通じてパティシエの男の子と知り合いになり、友人と一緒にケーキ屋さんに遊びに行きました。そのときは軽く挨拶するだけでしたが、後日mixiを通じて彼からお礼のメールが来ました。そこから私たちもマイミクになり、毎日メールをする仲になり、2人で食事もするようになりました。

その後すぐに彼に告白され、私はちょうど前の彼と別れたばかりだったので、軽い気持ちで了承し、交際が始まりました。
彼はいつも面白いことを言って笑わせてくれたり、記念日にはケーキを作ってくれました。

とても楽しく過ごしていましたが、一つだけ問題がありました。母が彼との交際を大反対したのですりデートのときに帰るのが12時を過ぎることが多く、毎回怒られました。泊まりの旅行も何度か行きましたが、その度に怒られました。また彼はタバコを吸うので、いつも服が臭いと言われました。

そして母はエスカレートし、彼の職場に電話したり、直接会いに行ったり、ついには彼の家に電話してご両親に文句を言うようになりました。次第に親子関係は悪化し、いつもケンカばかりしていました。それでも彼のことは好きで、彼のご両親も私たちの交際を応援してくれていたので、いつか認めてもらい、結婚しようと決めました。

その後も交際は続きましたが、毎回デートから帰ると嫌味を言われるのが精神的にしんどく、早く家を出たいという気持ちが強くなりました。しかし、彼が仕事をサービス業にするか一般企業にするか悩んで転職を繰り返しており、すぐに結婚することはできませんでした。

そして交際して4年が経ちました。彼は飲食店に就職し、2年の経験を積んでいました。私のまわりでは友人が次々に結婚し、まさに結婚適齢期のときでした。あるとき母は「もう出て行ってもいい、好きなようにすればいい」と言いました。それがきっかけで結婚の話が進み、半年後にようやく結婚しました。

母は未だに彼のことを認めておらず、ずっと彼に会っていません。彼のご両親にも会っていません。しかし、私のために一歩引いてくれたことにはとても感謝しています。いつか結婚して何年か経ち、私たちに子供が産まれたとき、彼もご両親も皆そろって会えればいいなと思っています。